運転代行の発祥地はどこか、諸説がいろいろあるようですが、富山が発祥地という説が一番有力とされています。 また、 当時の経験を話す人も今は相当年輩となっていますが、全国におられます。
1950年代、日本は戦後の復興を果たしたものの、深刻なエネルギー不足に悩まされていました。このエネルギー不足解消を目指し、日本の経済発展と人々の暮らしを支えるために、 関西電力は新たな電力エネルギー確保のために、 黒部ダム建設(黒部第4ダム)という困難な事業に挑んだのは、有名な話であります。
〝世紀の大事業〟の巨大ダム建設は約513億円の工費、延べ1,000万人の人間が関与して、1956年 (昭和31年) の着工から1963年 (昭和38年) の黒部第4ダム完成まであしかけ7年の歳月を経て完成しました。

とりわけ、1958年(昭和33年)の黒部トンネル貫通後、建設工事は早期完成を目指して、工事は昼夜を通して行われたといわれています。厳しい自然の中で、奥深い山の中では様々な工事従事者の苦労がありました、ひと時の楽しみもありました。月1~2回の休みの日に黒部の山中から富山市内に出て、飲み屋さんでお酒を楽しむのも、その一つであったようです。
山から出てくる時は、作業車を使って来たとしても、帰りは飲酒運転になります。事故でも起こしたら大変なことになります。工事の進捗にも影響します。また、飲み屋さんの方でも、この事情を察して、なじみ客の帰路の安全確保のために考え出したのが運転代行でした。お帰りの時は、お店の従業員がお客様の車を運転して目的地まで運んで、そして随伴するお店の車で帰ってくるというものです。多少費用はかかっても、その分給料もよかったのでしょう。こうして、昭和30年代に富山の地で、運転代行の原型が出来上がりました。
